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テクノロジーで生み出す新たな出版社の付加価値…KODANSHAtech長尾氏 | Media Innovation

Publishing Innovation Summit 2020で、KODANSHAtech合同会社ゼネラルマネージャー、株式会社講談社第一事業局第一事業戦略部副部長事業戦略チームの長尾 洋一郎氏は「情報に『物語』を与える集団」としてのパブリッシャーの逆襲 〜出版はデジタルで抽象化する〜」と題した講演を行いました。

長尾氏は東京大学で数学を専攻、講談社には編集者として入社し、文芸局で小説を担当。その後、「週刊現代」の編集部に在籍し、2017年にウェブメディアの「現代ビジネス」の担当となりました。2018年には事業戦略チーム(通称、techチーム)を立ち上げ、それを分社化する形で今年KODANSHAtechを設立しました。

テクノロジーを持つことで読者の体験をつくっていく

「現代ビジネス」は講談社の中でも最大の規模を誇るウェブメディアで、約10年前にスタート。現在はスマートニュースに在籍し、テレビでコメンテーターとしても活躍する瀬尾傑氏(スマートニュース メディア研究所 所長、日本インターネットメディア協会 会長)が編集長をつとめた時代もあり、長尾氏が加わった2018年当時は月間約8000万PVの規模にまで成長していたそうですが、そこからどうやって月間1億PVにまで伸ばすかという悩みからtechチームは誕生したそうです。

「ある時期から、メディアに関心の高いエンジニアたちと定期的に議論するようになり、その人の輪をベースにtechチームが発足しました。ジャーナリスト、作家、漫画家といったクリエイターたちのコンテンツを届けるということを110年間やってきた講談社ですが、ウェブメディアの現場に身を置いてみると、たしかにコンテンツを届ける行為をやってはいるのだけれども、書籍作りではこだわっている、『情報をどうパッケージ化して体験として楽しんでもらうか』という点では、まだまだなのではないかという考えに至ったんです」

書籍作りの現場では、コンテンツを生み出すクリエイターの伴走者となるだけでなく、表紙、紙、印刷、帯など、コンテンツをパッケージングするさまざまな要素を総合的にプロデュースするのが、編集者の仕事です。しかしウェブになった途端、コンテンツのパッケージにあたるUI/UXをコントロールする努力は外注先のエンジニアに委ねられてしまう。外注なので、社内に知見も貯まらない。これを打破するために、まずはエンジニアたちに業務委託で社内チームに参加してもらい、編集部で机を並べて仕事をしてもらうところからスタートしたそうです。

techチームは2018年6月に発足してから、「Rikejo」をSPA(JavaScriptを用い単独ページで実装することでアプリに近いウェブ体験を実現する技術)でリニューアル(7月)、「FRIDAYデジタル」のリリース(10月)、「FRaU」を「現代ビジネス」ファミリーに再編(2019年3月)と矢継ぎ早に施策を実行に移していきました。また、科学者支援のクラウドファンディングとして「ブルーバックスアウトリーチ」の立ち上げも行いました(7月)。

「現代ビジネス」でも施策を積み重ねることで2019年8月には1億PVに達成。現在は「FRaU」など複数のメディアをファミリーとして束ねる形に進化していて、2.5億PVを超える規模にまで成長しているそうです。

さらに10月末には「FRIDAYデジタル」でサブスクリプションモデルを導入予定だということです。

分社化することでエンジニアにとって働きがいのある環境を

社内のtechチームをKODANSHAtechとして分社化した理由ついて、長尾氏は2点を挙げました。

1つは外部のR&Dチームとすることで、編集部ごとに縦割りになりがちな技術導入を一本化したいという狙いです。「編集部によって異なるツールを使っていたり、隣の編集部が使うものは嫌だという反骨精神が発揮されていたりした」と長尾氏は語りました。これらを統一していくことで会社全体として底上げができるのではないかということです。

さらに重要なのは、もう一方の要素。働くエンジニアにとって良い環境を整えたいという想いです。伝統的な出版社の人事制度や労働体系にエンジニアを無理に当てはめるよりも、エンジニアとしてのスキルアップの実現や、納得のいく対価を払うことを可能とするために講談社とは異なる器を用意する必要があったということです。

あらゆるものが抽象化される時代、出版社の付加価値とは

講演の後半で長尾氏は演目になっている「情報に『物語』を与える集団」としてのパブリッシャーの逆襲 〜出版はデジタルで抽象化する〜」について語りました。

ある本が、作家から読者に届く過程を簡素化したのが左の図ですが、若干の違いはあるもののウェブメディアを表した右の図と変わりません。そして出版社が担っているのはどちらも中間の工程です。ここがパブリッシャーが情報に付加価値を与えられる部分ですが、誰もがウェブの力で、広く情報伝達できるようになっている現代で、出版社として特別な付加価値を提供できるのは、物語(ストーリー)に乗せて届けることにたけているという点ではないかと長尾氏は話します。

ただし、今後の勝負どころは、伝統的な編集者の勘だけではないと長尾氏は指摘します。物語の伝え方は、現代的なテクノロジーによって進化しており、ここに技術的な知見をパブリッシャー自身が持つことの必要性があります。

「たとえば、読者ごとにパーソナライズされた物語を、品質の高い形で提供することで出版社のビジネスはこれからどんどん伸びていく可能性があります。KODANSHAtechはここにコミットするような実験を重ねたいと考えています」

またもうひとつの重要な点は、コンテンツとパブリッシャーの「出会い」のプロセスにもあるといいます。編集者が伝統的に持ってきた、「コンテンツに対する目利き」としての権威や信頼性は、世の中のニーズと合致しなくなっており、出版社はその現象に自覚的であることが求められているのではないかと長尾氏は指摘します。

「この現象は、最近の映画で描かれるヒーロー像に似ています。バットマンでもアイアンマンでも、かつてのような単純なスーパーヒーローではなく、自身が心に闇を抱えていたり、その存在自体が周囲から懐疑的に見られたりする傾向があります。価値観が多様化する中、一方的な『善』の押し付けが許容されにくくなっている。同じようなことは様々な場面で見られ、出版社の立場でいえば、プロの目利きが信用されない時代を表しているのではないかと思っています」

ソーシャルメディアやCGMのように、一般市民からの情報発信や「いいね」数などの民主的な評価が歓迎され、信頼される一方で、既成メディアは「マスゴミ」と呼ばれたり、「陰謀に加担している」などと陰謀論のネタにされる存在になってきており、情報やコンテンツを一方的に伝え広げる産業構造は限界にきている可能性があると長尾氏はいいます。こうした状況に抵抗するのは困難であり、むしろそうした民主的な発信にテクノロジーで寄り添う姿勢を打ち出していくことで、出版社が長年、培ってきたプロのパッケージング能力が再び受け入れられる余地が生まれるのではないかと長尾氏は言います。

「情報を物語を乗せて人に届けていくというのは、出版分野に限らず、社会で今後、広く求められる能力になっていくと思います。これからの出版社は、自らの目利きをほこるだけではなく、情報に物語を乗せて届けるためのシステムそのものを社会に提供していくビジネス設計をすることで、これまで持っていた付加価値を生み出すノウハウを活かした在り方を見つけることができるのではないかと考えています」

技術を身に纏うことによってウェブメディアを成功に導いてきた講談社。そして世の中の変化を味方に付けて新しい出版社の在り方を技術から模索しているKODANSHAtech。今後も注目して見ていきたいところです。


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